洗う価値もない ― 2006/10/02 10:19
先日、妻がイスのクッションを洗おうとして、やめた・・・。
もともと安物のクッションで、子供の食卓のイスに使っていた。イスを汚されるのを恐れて、そのクッションを敷いていたので、だいぶ汚れてきている。
妻は、「安物だし、もうボロボロだから、洗うのももったいない」と言って、捨てることにした。
それを見ながら、私たちもこのボロクッションのようではないかと思った。洗う価値もないほどに、罪で汚れきっている・・・。でも、神様はそれを見捨てず、しかも大きな犠牲を払って、きれいに洗い流して下さった。
ご自分のひとり子キリストのいのちという犠牲だ・・・。 捨て去れても仕方ないほど、汚れきっている私たちなのに、神様はお見捨てにならず、あまりにも尊い代価を払って、罪を洗いきよめて下さった。
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者がひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3:16)
孤独との戦い ― 2006/09/18 17:58
人は誰でも孤独である・・・。
と言うと、なんか暗い感じがするだろうか??
でも、事実なのではないか。素敵な恋人がいる人、結婚している夫婦、子沢山な家庭、親友に恵まれている人、よくなついている部下を持つ上司・・・。
そういう環境にありながらも、常に孤独ととなり合わせで、さびしさをまぎらわすように飲み食いや、スポーツ、快楽にふける人々が少なくないはず・・・。
一心同体となっているような、親しい夫婦であってさえ、互いを理解しきれずに悩んでいる。夫婦の間でさえ、孤独を感じるのだ。
人間はこの世のものでは、どうしてもその心を満たす事ができないもの。なぜなら、神様は人間をそのように造ったからだ・・・。造り主である神の愛の中に留まってはじめて、その心が満たされる。もちろん、神様は友人や家族を用いて、人間を励まし、助けさせる。だが、その心の、いや魂の飢え渇きを真に満たすことができるのは、キリスト以外にはないのだ。
あなたは、さびしくないだろうか?
楽しいことをし、快楽にふける。その時は、楽しく、満たされてるような気がするかも知れない。でも、好きな人にいつふられるか、友人にいつ捨てられるか、大切な人がいつ自分から去っていくか・・・。楽しい時が過ぎれば、不安になり、恐れを抱き、さびしくなるのではないだろうか・・・。
仲良く楽しそうにしている人々を見ては・・・自分は孤独だと感じるかも知れない。けれども、そう見える彼らもまた、心のうちに深い孤独を抱えて生きているに違いない。神を信じているのでないならば、必ず別れがあるからだ・・・。
神様は、私たちを愛している。私たちがイエスを信じるならば、一方的に見捨てられる事など決してない。「いつも共におられる神(インマヌエル)」それが、この方の名前なのだ・・・。
あなたの孤独は、この方によってのみ埋められると私は信じている。
イエメン戦 ― 2006/09/07 18:12
えー、オシムジャパンになってはじめて、まともに試合を見ました。
はぁ・・・
ため息が出た。ほんとにゼロから日本代表を育てなおしなんだなと、感じた。積み重ねというものがなされないと、日本サッカーはここまでではないかとも・・・。
それはさておき、まずは戦評 アーリー’s評価 ☆☆☆(5段階評価) です。
かろうじてでも、勝ちは勝ち。それは評価すべきなので、☆3つ。それと、2300Mという標高、ピッチのひどさ。これは、見ててもむごいほどだったので、そういう面も考慮してかろうじて☆3つ。
内容としては、☆2つにしたいのだが、勝ったのでやはり3つということで^^
感じたことは、選手の基本技術がやはり低いということ。クロスの精度はあまりにもひどい^^; シュート精度は言うまでもないのだが・・・
やはり、中村、小野、高原、小笠原・・・あのあたりの選手がいないとダメかなぁ。でも、鈴木は良かったなぁ。運動量も豊富だし、いいところにいる。センスがある選手だと感じた。それにしても、選手がだいぶ代わっている。
どんな優れた選手も、監督も、ずっとそのポジションを維持しつづけることは容易ではない。というより不可能だ。
神様は、一人の人間が永遠にトップの座に君臨することを許されない。どんな優れた監督も、チャンピオンも、社長も、王様も・・・ごくごく限られた期間のみ、その地位にある。永遠に王の王、主の主である方は、創造主なる神様以外にはあり得ない。
人の世の移り代わりを見ながら、永遠に変わることなき神の存在を意識させられる。
NO NO NO ― 2006/08/28 09:14
このシリーズ、既に3回目。
今回もブルーハーツから。
やはり青春時代のグループなんで思い入れがありますねぇ。
けれども、最初はカセットテープやCDで聞いてたんで、彼らの姿を実際のテデビではじめて見た時は、一瞬ひきましたねぇ。
ちょっとこいつら、大丈夫か? いっちゃってるぞ~なんて思ったも。まあ、すぐに慣れたわけだが・・・笑。
さて、今回の曲は「NO NO NO」
その中でもお気に入りの歌詞は・・・
「戦闘機が~ 買えるぐらい~の はした金ならいらな~い♪」
この歌詞にしびれた。中学生の私にはインパクトがあった。 戦闘機って、めちゃくちゃ高いんじゃないか??と思い、それをはした金と言ってのけるところがかっこいいと思った。ブルーハーツは、社会風刺をしながら、社会に流されない自分たちの生き方を模索しようとしているように見えて、魅力を感じたわけだ。
確かに、人間は、戦闘機を買えるぐらいのお金のために、平気で人をけ落とし、不正をし、犯罪さえも犯す。家族を犠牲にし、自分の健康を犠牲にし、はした金のために、すべてを失うこともある・・・。なんとむなしい生き方だろうか。
いっそ、戦闘機を買える程度のはした金ならいらないと、言ってのける生き方を胸を張ってしたいものだ。どうせなら、世界を牛耳れるほどのお金を求めて、そのお金で貧しい人々を助け、平和のために惜しみなく使うような生き方をしたい。中途半端なお金のために、大事なものを失うのは本末転倒だ。
「お金のために健康を犠牲にし、健康のためにそのお金を使う。」(神様へのインタビューより引用)
確かに神様から見たら、こっけいな姿だろうと思う。
続けること! ― 2006/08/26 11:17
ご覧のとおり、最近更新速度が落ちてます><
すると、どういうことを思うようになるかというと・・・
見てくれる人が減る。
期待度も減る。
だいぶ書かなくなったんで、自分でももういいかなって思いはじめる。
でも、私は続けることの大切さを聖書から教えられている。だから、中断することがあっても、さぼってる時があっても、また再開すればいいと思う。三日坊主も、ほんとに三日間しか続かず、四日目はできなかったなら、また五日目から三日坊主をすればいい。すると、3/4はやっていることになるので、一年の75%はできているわけだ。
たとえ、一ヶ月間が空いても、それだから「もうやーめた」ではなく、一ヶ月と1日目から、またはじめればいい。
私たちはどこかで、完璧を求めたり、勝手な基準を自分で決めて、それに到達できないとあきらめたり、自分はダメなやつだと決めつける。自分は、続けられない人間だと決めてしまうのだ。
でも、ほんとはそうではない。100%できる人間自体、ほんとはいない。みんなできないことがあるもの。でも、大きな違いは、そこから再開するかどうか。たとえ、教会に行く事をやめても、聖書を読むのをやめても、また始めればいい。始めないより、始める方がずっといい。
だから、ブログも今年の目標通り、続ける^^ 更新があまりできなくても、続けていこう。
少年の詩 ― 2006/08/20 15:24
今回もブルー・ハーツの歌詞から・・・
『少年の詩』より・・・
''「別にぐれてる~ わけじゃないんだ
ただ大人たちに~ほめられるような~
馬鹿にはなりたくない~」''
思春期の頃、色々な意味で大人に反発したくなったものだ。
そういう若者をぐれていると決めつけるのも、大人たちの論理なのかも知れない。
この歌詞には、ある意味、すごい純粋さを感じる。大人たちに気に入られるような、建前上の優等生になることの方が、意外にすれている気がする。ある意味、心の中では大人たちをあざ笑っているのかも知れないからだ。
私自身が、そういう生き方をしてきた部分もある。良い成績をとり、きちんとあいつさをしてさえいれば、あの子は良い子だ、立派な子だと大人は思う。でも、私の心の汚れた思いを知っている大人は、ほとんどいなかった。
そういう意味で、この歌詞は私の心を打った。こんな風に素直に反抗した方が、よほど清々しいのではないか。そんな気持ちもあったのかも知れない。 ある意味、私は、ここにある大人たちにほめられるような馬鹿だったのだ。
でも、私は、キリストという方と出会った。私の心の隅々まで知っている全知全能の神を知ったのだ。私がどんな思いで、優等生として歩んだかを知っている神様だ。それだけではなく、そこにある私の魂からの叫びもまた知っていて下さった。そして、そのままの私を抱きしめてくれた。
大人になればなるほど、この社会の波に飲まれれば飲まれるほど、本音と建前を使いわけ、人の目、人の評価ばかり気にする生き方に終始するようになる。一見ひねくれているように見えるが、こういう純粋さが大人たちに必要なのかも知れない。
イエス様はおっしゃった。子供のような心で求めなければ、神の国に入れないと・・・。純粋な叫びを聞き分ける耳、純粋に叫ぶことが出来る素直さ、神様にそれらを祈り求めている私である。
カブトムシ ― 2006/08/11 15:11
中高生のキャンプなどがあり、バタバタしておりました。 おかげで、更新が・・・
さて、空前かどうかはわからないが、最近はカブトムシ、クワガタブームだ。
我が子も例外にもれず、大好きなようだ。とは言っても、意外に恐がってて、掴むことができなかったりする(笑)
たまたま足柄山でクワガタを発見したので、そのまま持ち帰って来た。ついでに、昨日は、近くの公園に行き、カブトムシを2匹ゲット。しかし、クワガタも、この2匹のカブトムシもぜ~んぶメス!!ちょっと残念(>_<)
ところで、最近は輸入物のカブト、クワガタが随分売られているのを見かける。日本のそれより、かなり大きくて強そうだ。しかし、こういうのが逃げたり、逃がしたり・・・すると・・・
また、自然のバランスが崩れたりするんだろうな。「日本のカブトムシ、絶滅の危機!?」みたいな、記事を見かける日が来るかも知れない。
輸入はやめようとは言わないが、増やして逃がすみたいな事だけは、やめて欲しい。飼育する者のモラルが問われている。やはり、人間のエゴが、この世界の自然を破壊していくのだと思う。
神様は、私たち人間に、正しく責任をもってこの世界を治めよと言われる。人間が、この世界のものを自分勝手に好き放題していいということではない。私たちは、神様が造られた自然界のバランスの見事さ、美しさにもっと目を向け、それを大切に守り、管理する責任について、考えなければならない。
決して私は、環境オタクではないが、最低限のマナーを守ることは、していきたい。
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